プロローグ
プロローグ 「his name」
僕がそいつに名前を聞くと、そいつは「もっと建設的な話をしよう」と言って歩き出した。
長い付き合いなのに、いつまでたっても教えてくれない。しかし僕はそいつの名を知っているのだ。でも知らないフリをしているのだ。
僕なりの、気の使い方さ。
そいつは、煙草の自販機の前でふと立ち止まった。そして釣り銭が出てくる所に10円玉を入れた。
「これが本当の募金、ね。」
僕はそいつを少し尊敬した。ピタゴラスの面影を見た。
実際、そいつからはいろんなことを教わった。
雑草を食べる方法。抽象的に歩く方法。椅子を座らせる方法。ラジオ拳法第三。脳内建築。概念体としての空間トポロジー…。
夕食の時間も忘れて、3時間くらい失禁しつづけたこともある。
でも、初対面の時はお互い印象はよくなかったのだ。
初めて会ったのは、僕がサ行変格活用に性的魅力を感じなくなった頃だ。もうずいぶんと前になる。
でも今でもあの時のことは忘れることができない。
あの日、僕はいつものように趣味と実益を兼ねて、父親と公園で作業をしていた。
丸いものの上に乗った四角いものを三角にしたりするような作業だ。
そこを通りかかった宮廷音楽家、それが彼だったのだ。
彼が宮廷音楽家だというのが全くの嘘で、本当は架空の人物であることが後にわかったが、そんなことはどうでもいい。
そいつが僕の作業をまじまじと見つめてきたのだ。
一瞬、こいつは宇宙心理学に興味があるのかな、と思ったが、そうではなかった。彼は周囲に人がいないことを入念に確認して、僕にこう言ったのだ。
「河童の秘密を知りたいか?」
常識のある奴は、初対面の人間に「河童の秘密」についての話などしない。
河童の話はもっと仲良くなってからだ。僕は、そいつを、危ない奴だと思いながらも応酬した。
「知っている。キュウリを食べる時は、必ずフォークとナイフを使うってことだろ。」
僕が自信満々にそう答えると、彼はニヤリと笑って首を振った。
僕はあせった。塾で教えてもらったのは一つだけだったからだ。
「知りたいか?」
僕は、知りたい、と言った。すると彼は「マキポトィー!」と言った。
だから僕は「ポルコトィー!」と言った。そして彼は「ホングトィー!」、僕が「プンルトィー!」、そして、
2時間が過ぎた。
彼は言った。
「河童は、頭の上の皿に、よくオムライスを乗せられる。」
驚天動地。僕は耳を疑った。
「誰に!?」
僕がそう言うと、彼は少し黙った。そして哀しそうな顔をして微笑んだ。僕はその時大人になった。
電子レンジのことを忘れても、彼のことは忘れない。そいつの名はピコル。
*** ピコル君の小さな冒険記:プロローグ - livedoor Blog(ブログ)